グリーン上でパットのラインを読む女性ゴルファーのイラスト

飛距離147位の選手が、賞金3位にいる 〜山下美夢有選手に学ぶ(後編・数字と道具)〜

前編で、こう書きました。 「あと10ヤード」を取りにいって、やめた。そして元のやり方に戻したら、メジャーに勝った。 前編はこちらです。 👉 「あと10ヤード」をあきらめたら、メジャーに勝った では、その「元のやり方」の中身は何なのでしょうか。飛距離147位の選手が、なぜ賞金3位にいるのか。 数字がはっきり答えてくれます。 この記事のポイント ✅ 打数をどこで稼いだかを見ると、ドライバーで得た打数は「0.00」。ティーショットでは1打も得していません ✅ そのかわりパットはツアー1位。しかも、その年のツアー最高値そのものです ✅ 道具にも一貫性があります。シャフトは硬さを抑えた設定。強く振るためではなく、同じところに当てるための組み立てに見えます 打数を、どこで稼いだのか ゴルフには「打数をどこで得したか」を場面ごとに分ける指標があります。平均的な選手と比べて、その場面で何打ぶん得をしたかを表す数字です。 2026年シーズンの山下選手は、こうなっています。 場面 得した打数 順位 ティーショット 0.00 92位 アプローチショット 0.10 71位 グリーン周り 0.24 46位 パット 1.47 1位 ティーショットが 0.00。ドライバーでは、1打も得していないということです。 あなた ゼロって、ずいぶんはっきりした数字ですね……。 Torapon そうなんです。そしてパットの1.47は、その年のツアーで誰よりも高い値でした。1位というだけでなく、トップの数字そのものなんですね。ドライバーで得た分がゼロでも、これだけで押し切れてしまう。 さらに、2026年シーズンで1位が4つ並んでいます。 パットで得た打数 1位 スクランブリング(グリーンを外してもパー以上で上がる力)1位 ボギー回避 1位 アンダーパーのラウンド数(39回)1位 大きく叩かない。外してもパーで上がる。 それを積み重ねた結果が、平均ストローク3位です。 道具にも、同じ考え方が通っています ゴルフダイジェスト公式に載っている2026年のセッティングを見ると、面白いことに気づきます。 ドライバー:スリクソン ZXi(9度)/SPEEDER NX GOLD 40g台・SR アイアン:スリクソン ZXi5(6番)+ZXi7(7番〜PW)/ダイナミックゴールド 80g台・R300 ウェッジ:クリーブランド RTZ(48度・52度・58度) パター:テーラーメイド スパイダー ツアーX クランクネック ボール:スリクソン Z-STAR XV 注目したいのはシャフトです。ドライバーはSR、アイアンのダイナミックゴールドもR300。ツアーで戦う選手としては、硬さをかなり抑えた設定です。 あなた プロなのに、やわらかめなんですね。意外です。 Torapon ここからは私の見立てですが、「強く振るための道具」ではなく「毎回同じところに当てるための道具」を選んでいるように見えます。フェアウェイキープ率はツアー3位でしたよね。数字とセッティングが、ぴたりと合っているんです。 ...

August 30, 2026 · 1 分
夕方の練習場で、ドライバーのシャフトを大きくしならせながら振り下ろすゴルファー

しなり戻りは、飛距離を生んでいなかった 〜シャフト選びの科学(第1回・飛距離編)〜

「シャフトがしなって、戻る。あのムチのような動きが、ヘッドを加速させて飛距離を生む」 ゴルフを始めてから、何度この説明を聞いたか分かりません。私も、そう信じていました。柔らかいシャフトはよくしなるから走る、硬いシャフトはしならないから走らない。だからヘッドスピードに合わせてフレックスを選ぶのだ、と。 ところが、この「しなり戻りが飛距離を生む」という話を実際に測った研究を読んでいくと、思っていたのとは違う景色 が見えてきます。 しなり戻りの速さと、ヘッドスピードは、ほとんど関係がありませんでした。 今回から2回にわたって、シャフトの話を研究データから書きます。第1回は飛距離編 です。 この記事のポイント ✅ 重さも振り心地もそろえたうえで、柔らかいシャフトと硬いシャフトを打ち比べた研究では、しなり戻りの速さには明確な違いが出たのに、ヘッドスピードには違いが出ませんでした ✅ ヘッドスピードと強く結びついていたのは、シャフトの性質ではなく 打ち手が手元を回すスピード のほうでした ✅ ただし、33人それぞれが2本で打った球の平均を比べると、17人は、どちらか一方のシャフトのほうがはっきり速くなっていました。合うシャフトは人によって違う、ということです。フィッティングの意味は、ここにあります この記事に出てくる統計の言葉 (説明はここだけにまとめます) ・相関 = 2つの数字が、どれくらい一緒に動くかを −1 から +1 までの数字で表したもの。0に近いほど「おたがいに関係がない」、+1に近いほど「片方が大きいと、もう片方も大きい」という関係が強くなります ・統計的に有意でない = 測った数字にいくらか開きはあっても、その程度の開きは偶然でも起こりうる、という意味です。「差がゼロだと証明された」ではなく、差があるとは言えなかった ということですね ・盲検 (もうけん)= どちらのシャフトを使っているかを、打つ人に知らせずに試すやり方です。打つ人にも計測する人にも知らせない場合は、二重盲検 と呼びます。「今日は硬いほうだ」という思い込みが結果に混ざるのを防ぎます どちらのシャフトか、打つ本人にも分からないようにして打ってもらった 中心になるのは、カナダのマッケンジーとブーシェが2017年に Journal of Sports Sciences に発表した研究です。 参加したのは右打ちの男性ゴルファー33名 で、ハンディキャップの平均は12.1でした。上級者ばかりでもなく、初心者ばかりでもない、いわゆる中級者の集まりです。 この研究のすぐれているところは、シャフトの硬さ以外の条件を、徹底してそろえた ところにあります。 用意したのは、Rフレックスとよばれる柔らかいシャフト と、Xフレックスとよばれる硬いシャフト の2本。この2本は、 重さや慣性モーメント(=回しにくさの度合いのこと)など、振ったときの感じにかかわる性質を、ほぼ同じにしてある つまり、違うのは、しなりやすさだけ という状態です。そのうえで、1人が各シャフトで14球ずつ打ち、途中でシャフトが替わったことは、打つ人に知らせませんでした。終わったあとで、参加者は全員、途中で替わったことに気づかなかった と答えています。 ここまでやるのには理由があります。ふつうにシャフトを打ち比べると、たいてい重さも振り心地も違いますし、何より、「柔らかいほうを持っている」と分かった瞬間に、人は振り方を変えてしまう からです。それを全部止めたうえで、シャフトそのものの効果だけを取り出したわけですね。 あなた そこまでする必要があるんですか。打てば分かりそうなものですが……。 Torapon それが、分からないんです。私たちは「柔らかいと聞かされた」だけで、実際に振り方を変えてしまいます。試打で「このシャフト、走りますね」と感じたとき、走っているのがシャフトなのか自分なのかを、感覚では区別できません。だから、知らせずに打ってもらうんですね。 しなり戻りは、たしかに速かった。でもヘッドスピードは変わらなかった 結果を、順番に見ていきます。 まず、しなり戻りの速さ です。研究ではキック速度 と呼ばれています。シャフトが後ろにたわんでから前に戻ってくる、その戻りの速さのことです。 しなり戻りの速さ R(柔らかいほう) 1.7 m/s X(硬いほう) 1.2 m/s 柔らかいRのほうが、硬いXより0.5 m/s 速く戻っていました。これは統計的にもはっきりした違いです。つまり「柔らかいシャフトのほうがよく走る」こと自体は、事実でした。 ...

September 15, 2026 · 2 分
練習場で、アイアンのシャフトを目の前にかざし、じっと見つめる男性のイラスト

シャフトが変えていたのは、飛距離ではなかった 〜シャフト選びの科学(第2回・体編)〜

前回のおさらい 第1回では、シャフトの「しなり戻り」の話を実測データで見ていきました。 結論はこうでした。シャフトの硬さを変えても、ヘッドスピードはほとんど変わりませんでした。 そして「しなりが戻る勢いでボールを弾き飛ばす」という説明にも、測定の裏づけは見つかりませんでした。シャフトはたしかにしなりますが、そのしなりが飛距離を生んでいる、という筋道は確かめられなかったのです。 👉 第1回・飛距離編はこちら そうなると、当然の疑問が残ります。 では、シャフトはいったい何を変えているのでしょうか。 今回はそこを、見つかった研究だけを使って正直に見ていきます。先に結論を書いておきます。シャフトが変えていたのは「飛距離」ではなく、「当たり方(フェースの向き)」と「体への負担」でした。 この記事のポイント ✅ シャフトのねじれやすさを変えると、インパクトでフェースの向きが変わり、ボールの落ちる場所が右にずれました(40名の研究) ✅ 72グラムのカーボン と 101グラムのスチール を比べると、前腕の筋肉の働き方が違いました。ただし飛距離は同じでした ✅ 打ち手は無意識に力の入れ方を変えて、体のほうがシャフトに合わせていました。合わせる手がかりは、関節や筋肉から届く感覚です 先に、統計の言葉をひとつだけ この記事には「有意(ゆうい)」という言葉と、p=0.028 のような数字が出てきます。ここで一度だけ説明しておきます。 「有意」とは、「たまたまでは説明しにくい、はっきりした違いがあった」という意味です。 p のうしろの数字が小さいほど、偶然では説明しにくくなります。0.05より小さければ「有意」とみなす のが慣習です。 ただし、これは「違いが大きい」という意味ではありません。「違いが偶然ではなさそうだ」というだけ です。ここを混同すると、研究の読み方をまちがえます。 ① ねじれやすさは「方向」に効いていた まず取り上げたいのは、シャフトのトルク(=シャフトのねじれやすさのこと。ねじれやすいほど数字が大きくなります)の研究です。 40名のゴルファーを対象にした研究(MacKenzie ら、2018年)で、ねじれやすいシャフト と ねじれにくいシャフト を打ち比べてもらいました。すると、ねじれやすいシャフトのほうで、次の3つが起きていました。 インパクトでのロフト(フェースの上向き加減)が増えた(p=0.028) インパクトでフェースがはっきり開いた(p<0.001) ボールの落下地点が、有意に右にずれた(p=0.002) ここで大事なのは、この3つはどれも飛距離の話ではない ということです。変わったのは「どこへ飛ぶか」でした。 さらに、この研究では40名のうち25名は、一人ひとりで見ても、シャフトのねじれやしなりによるフェースの開きが、ねじれやすいシャフトのほうで有意に大きくなっていました。平均だけでなく、一人ひとりでも違いが確認できたということです。 なお、シャフトがどれだけねじれたかは直接測っておらず、ほかの測定値から「ねじれによるものだろう」と研究チームが推定しています。 あなた 右に出るのはスイングのせいだと思って、ずっと直そうとしていました。 Torapon そこはご自身を責めなくていいと思います。この研究が言っているのは、シャフトのねじれやすさが変わるだけで、フェースの向きは変わりうる ということです。もちろんスイングの影響もありますが、道具の側にも理由がありうる 。まずはその可能性を知っておいてください。 ただし正直に書いておくと、これは1本の研究です。 他の研究で同じ結果が繰り返し出ているところまでは確認できませんでした。「そういう報告がある」という受け止め方が、いまのところ正確です。 ② シャフトを替えると、前腕の筋肉の働きが変わった ここからが、私がいちばん書きたかったところです。 2026年に発表された研究(Grieß D ら、BMC Musculoskeletal Disorders)を見ていきます。参加したのは40名、平均51歳、平均ハンディキャップ16 のゴルファーです。 比べたのは、この2本でした。 重さ ねじれやすさ(トルク) カーボンシャフト 72グラム 2.1 スチールシャフト 101グラム 1.8 そして測ったのが筋電図(きんでんず=筋肉が働くときに出るごく弱い電気を、皮膚の上から拾って「どれくらい働いたか」を見る方法のこと)です。 ...

September 19, 2026 · 3 分