飛ばしたい。
ゴルフをしている人なら、誰でも一度は思うことだと思います。あと10ヤード出れば、あの池を越えられるのに。あと10ヤード出れば、2打目が7番アイアンで届くのに。
その「あと10ヤード」を本気で取りにいって、やめた選手がいます。
身長150センチ。2026年8月、アメリカのツアーで2位に9打差をつけて優勝した山下美夢有選手です。
この記事のポイント
✅ 米ツアーに移った当初、「あと10ヤードほしい」と考えてトレーニングの強度を上げました。けれど、そこから成績は上がりませんでした
✅ 元のやり方に戻したのが、全英女子オープンの約3週間前。その大会でメジャー初優勝を果たします
✅ 朝の準備の順番が見事です。ほぐす → 確かめる → 軽く入れる。この3段階は、そのまま真似できます
「あと10ヤードほしい」と思った
山下選手は日本ツアーで賞金女王になり、2025年からアメリカを主戦場にしました。
そこで感じたのが、飛距離の差だったようです。「10ヤードくらい足したい」。そう考えて、プレースタイルの見直しを検討し、トレーニングの強度も上げました。
体を大きくして、飛距離を足す。理屈としては、まっとうな判断だと思います。
私も同じことを考えると思います。それで、どうなったんですか?
本人の言葉が、そのまま答えになっています。「そこから成績が上がることはなかった」。かなり率直な言い方ですよね。
3週間前に、元に戻した
転機は2025年の夏でした。
全英女子オープンの約3週間前、7月のエビアン選手権の前に、山下選手は日本ツアーで結果を出していた元のやり方に戻します。
お父さん(コーチでもあります)の助言は、こうだったと報じられています。打ち方そのものより、スコアとショットづくりを優先しなさい。
そして迎えた2025年8月のAIG全英女子オープンで、メジャー初優勝。
さらに2026年8月には、カナダで開かれたCPKC女子オープンを、初日から一度も首位を譲らずに制しました。4日間で257ストローク。これはツアーの72ホール最少スコア記録に並ぶ数字です。
数字を見ると、戻して正解だったと分かる
2026年シーズンの公式記録です。
| 項目 | 順位 |
|---|---|
| 平均飛距離(252.34ヤード) | 147位 |
| フェアウェイキープ率(79.31%) | 3位 |
| 平均ストローク(69.91) | 3位 |
※フェアウェイキープ率は、ティーショットがフェアウェイに止まった割合のことです。
飛距離は147位。ほとんど下のほうです。それで平均ストロークは3位にいます。
飛距離147位で、スコアは3位……。どういうことですか?
飛ばすところ以外が、全部ずば抜けているということです。この中身は面白いので、後編でじっくり見ていきます。ここでは「10ヤード足さなくても勝てた」という事実だけ受け取ってください。
理学療法士として、この話にはうなずくところがあります。体を変えるのは、時間もかかるし、うまくいくとはかぎりません。 それより、いま持っている体で何ができるかを詰めたほうが、近道になることがあるのです。
朝のルーティンが、とてもきれいです
9打差で勝ったあの大会で、LPGA公式が山下選手の朝の準備を紹介しました。順番はこうです。
- 股関節まわりのストレッチ(下半身)
- 肩まわりのストレッチ(上半身)
- 上体をひねって、体幹の状態を確認する
- チューブ・バンドを使う
- メディシンボールを軽く投げる
- 肩まわりのマッサージ

私がいちばん見事だと思ったのは、3番目です。
1・2でほぐして、3で「今日の体はどうか」を確かめて、4・5で軽く力を入れていく。ほぐす → 確かめる → 軽く入れる。この順番になっています。
多くのアマチュアの方は、ここが逆になりがちです。いきなり素振りをして、いきなり打ちはじめる。確かめる工程が抜けていることが多いのですね。
「確かめる」って、何を確かめればいいんですか?
正直に言いますと、山下選手が何を見ているのかまでは報道されていません。ですので、ここからは私の考えです。
見るのは「いつもどおりに動かせるか」でいいと思います。立って上体を左右にひねり、回りやすいほうと、回りにくいほうがないか。それだけです。左右で違う日は、無理に大きく振らない。それが分かるだけで、ケガの入り口をひとつ減らせます。
私たちが真似できること
そのまま真似するのは大変ですが、順番だけなら今日からできます。
- ① ほぐす……股関節まわりと肩まわり。各20〜30秒でかまいません
- ② 確かめる……その場で立って上体を左右にひねる。左右差があるかどうかだけ見ます
- ③ 軽く入れる……チューブか、なければ素振り数回。力いっぱいはやりません
3分あれば足ります。大事なのは②を飛ばさないことです。
③のチューブ、何をすればいいのか
くり返しになりますが、山下選手がどんな種目をしているかは報道されていません。 ここからは、理学療法士としての私の提案です。
ラウンド前のチューブは、鍛えるためではありません。 体に「これから動くよ」と伝えるためのものです。ですから、どれも10回ずつ、軽くで十分。疲れる手前でやめてください。
- ① 肩を外へ開く……ひじを体の横につけたまま、チューブを両手で持って外へ開く。肩の奥にある小さな筋肉が目を覚まします。10回
- ② 肩甲骨を寄せる……チューブを胸の前で持ち、肩甲骨を背中の真ん中に寄せるように引く。車の運転で丸まった背中が起きます。10回
- ③ ひねって引く……チューブをカートや木に引っかけ、体をひねりながら横に引く。スイングの方向に体を慣らします。左右5回ずつ
順番は①→②→③。強く引かないことが何より大事です。ここで疲れてしまっては、本末転倒ですから。
トレーニングチューブ(ラウンド前のコンディショニング用)
軽くて、キャディバッグに入れておけます。ラウンド前に肩まわりを数回引くだけで、体に「これから動くよ」と伝えられます。強く引く必要はありません。
※持病のある方、痛みのある方は、始める前に必ず主治医にご相談ください。
おわりに
「あと10ヤード」は、魅力的な言葉です。私も、そう思います。
けれど山下選手は、それを一度取りにいって、成績が上がらないと分かった時点で手放しました。そして自分の得意なところに戻り、メジャーを勝ちました。
足すのではなく、活かす。 体を変えにくくなってくる年代の私たちにとっては、こちらのほうがずっと現実的な道だと思います。
では、その「得意なところ」とは具体的に何なのか。飛距離147位の選手が、なぜ賞金3位にいるのか。 後編では、数字と道具の中身を見ていきます。
参考にした情報
- GDOニュース「全英制覇の山下美夢有が凱旋帰国『焼き肉が食べたい』 米ツアーで乗り越えた葛藤も明かす」(2025年8月5日)
- Yahoo!ニュース掲載記事「9打差圧勝・山下美夢有の"モーニングルーティン"にLPGA公式が注目!」(2026年8月25日)
- LPGA公式サイト 選手ページ 2026年シーズン成績(2026年8月時点)
※この記事は公表されている報道と公式記録をもとに書いています。選手ご本人・関係者への取材にもとづくものではありません。痛みや不調があるときは、自己判断せず医療機関にご相談ください。